大判例

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東京高等裁判所 昭和32年(く)8号 決定

被告人 曾谷勇太郎

〔抄 録〕

本件抗告の理由は、記録に綴られてある弁護人中野博義、同真室光春及び同仁科三郎連名作成の保釈取消決定に対する抗告申立と題する書面及び末尾添付の右三名連名作成の抗告理由書と題する書面記載のとおりであつて、その要旨は、

被告人は、住居侵入、脅迫、傷害、暴力行為等処罰に関する法律違反被告事件について、昭和三二年一〇月一六日原裁判所より保釈許可決定を受けたものであるところ、原裁判所は右決定の指定条件として、

一、被告人は板橋区上板橋一丁目一五番地に居住しなければならない。

右住居を変更する必要ができたときは、書面で裁判所に申し出て許しを受けなければならない。

二、召喚を受けたときは、必らず定められた日時に出頭しなければならない(出頭できない正当な理由があれば、前もつてその理由を明らかにして、届け出でなければならない)。

三、逃げかくれたり、証拠隠滅と思はれるような行為をしてはならない。

四、三日以上の旅行をする場合には、前もつて裁判所に申し出て許しを受けなければならない。

五、罪質の如何を問わず再犯を犯したる時は本決定を取消す。

と定めたのであるが、昭和三三年一月二二日被告人が右保釈条件許可決定の指定条件に違反したことを理由として右決定を取り消して保釈金二〇万円を没取する旨の決定に及んだものである。しかしながら、被告人においては右一から五までの各指定条件のいずれにも違反した事実はない。もつとも、被告人は、右保釈後において、昭和三二年一二月六日東京地方検察庁検事より東京地方裁判所に傷害罪で起訴された事実はあるが、右は被告人においてその無罪を主張するものであつて、なんらの犯罪となるものではないから、右条件のうち五の「罪質の如何を問わず再犯を犯したとき」の条項に違反したものではない。また、右指定条件は、刑事訴訟法第九六条第一項第五号の「裁判所の定めた条件」には該当しないものであつて、いわゆる保釈取消の原因とはならないが故に、右条件違反を理由としての保釈取消決定は失当である。なんとなれば、保釈制度の特色は、被告人の出頭を保証するに足りる相当な金員を納付させて保釈し、被告人の自由を回復させると共に、逃亡その他の理由で保釈を取消されるときは保証金を没取されるという心理的負担のもとに置き、その出頭ないし身柄を確保せんとするにあるが故に、刑事訴訟法第九六条第一項第五号の「その他裁判所の定めた条件」とは、被告人の出頭を確保するために必要な条件のみに限るべきであつて、再犯防止のための条件とか、再犯を犯したるときはなどの被告人の身柄確保に必要でない条件などはこれに含まれないものと解すべきである。であるから前掲五、の指定条件は刑事訴訟法第九三条第三項にいうところの指定条件としては保釈取消原因とは別に被告人の心理的拘束の意味に過ぎないものである。立法上の取扱においても右見解に従つているのであつて、すなわち昭和二八年刑事訴訟法第九六条改正の際、被告人の身柄確保に関係のない同法同条第一項第四号の条件を保釈取消の条件として加えたのは、身柄確保に必要な条件ならばとくに改正する必要なく、同法第九三条第三項の適当なる条件として指定し、それに違反した場合には保釈取消をすればよいのであつて、とくに右条項を加えて改正したのは、同法第九六条第一項第五号の「その他裁判所の定めた条件」というのは、被告人の身柄確保に必要な条件に限るとの見解によつたからである。であるから、右規定は同法第九三条第三項の規定を形式上受けて定められているが、これは右第九三条第三項の規定より狭く解してこそ保釈制度の本質にそうものであり、つまりは保釈条件とこれが取消条件とは別のものである。なお、被告人は再犯を犯していない。なんとなれば、再犯とは、「前罪の判決前後罪に着手したが前罪確定後に後罪終了した時の後の罪」を指すものである(大審院明治三九年三月九日判例)から、被告人は別件につき起訴されていたのではあるが、前罪は未だ確定せず目下控訴中であり、この度起訴されたのに過ぎないものであるが故にこれを再犯と唱えることはできず、右指示条件に該当しないものである。したがつて、被告人に対する右指定条件違反を理由とする原保釈決定は失当であるから、これが取消を求めるため、抗告に及んだ次第であるというのである。

よつて、審究するに、本件抗告事件及び本案事件記録によれば、

一、被告人は、昭和二九年七月三日傷害住居侵入罪により被疑者として、刑事訴訟法第六〇条第一項第二号及び第三号の事由により勾留せられ、同年同月一五日右勾留のまま起訴せられたが、同勾留については同年七月一九日原裁判所において保釈許可の決定を受けて釈放せられ、後昭和三〇年一二月四日重ねて暴力行為等処罰に関する法律違反罪により、被疑者として、前示勾留と同一の事由により勾留せられ、同年同月二一日勾留のまま起訴せられたが、同勾留についても、昭和三一年三月一二日原裁判所において保釈許可の決定を受けて釈放せられたものであるところ、原裁判所においては右両事件を併合審理の結果、昭和三二年一〇月八日被告人を懲役二年六月に処する有罪判決をしたことにより、右各保釈はいずれもその効力を失つて、被告人は東京拘置所に収監せられたものであること、

一、同年一〇月一六日右両勾留につき被告人は原裁判所より再度の保釈許可を受けて釈放せられたものであつて、右許可の指定条件が所論のごとくであり、なかんづくその第五項に「罪質の如何を問はず再犯を犯した時は本決定を取消す」と定められてあること、及び被告人がさらに右釈放の翌日である昭和三二年一〇月一七日傷害罪を犯したものとして同年一二月六日東京地方検察庁検事より東京地方裁判所に起訴せられたこと、そして原裁判所は昭和三三年一月二二日右起訴の事実にもとづいて、被告人が前示指定条件の第五の条項に違反したことを理由として右再保釈決定を取り消しに及んだものであること、

はいずれも明らかである。

ところで所論にかんがみ、まづ右指定条件第五項の「罪質の如何を問わず再犯を犯した時は本決定を取消す」との条項につき審究するに、右条項の意義はおよそ不明確であつて「再犯を犯した時」とはその字句通りにすれば本案事件との関係において再犯となる罪を犯した時と解するの外なく、すなわち、本案事件の有罪判決が確定してその執行を終りまたは執行の免除のあつた日から五年内に更に罪を犯し有期懲役に処すべき時(刑法第五六条第一項)ということになり保釈の条件としてはまつたく無意味であるから、右条項を附する動機となつた本案事件記録に綴られてある抗告人三名連名作成にかかる昭和三二年一〇月一一日付誓約書に徴して「保釈出所後再度犯罪(種類の如何を問わず)を犯したとき」と解するの外なきものである。しかして右のごとく解するとしても、その再度犯罪を犯した時とは、原裁判所がいかなる時期にいかなる資料によつて認定するのか判然しない。そこで刑事訴訟法第八九条第一号の「罪を犯したものであるとき」の解釈と同じく「罪を犯したものとして訴追せられたとき」と解するの外なきものであつてかく解することによつて、はじめて原裁判所が前示のごとく被告人が訴追せられた事実にもとづいて再保釈を取り消したゆえんが理解せられるのである。しかしながら、およそ保釈とは一定の保証を条件として勾留の執行を停止して勾留を解くものであるから、刑事訴訟法第九三条第三項に「その他適当と認める条件」とあるのは、勾留の目的たる被告人の逃亡と罪証隠滅とを防止すると共に、保釈後の被告人の公判出廷または有罪判決確定後の刑の執行を確保するための条件を指称するものであつて、当該事件に関連のないいわゆる再犯防止のための条件は包含されないと解すべきである。(昭和三〇年一〇月二一日福岡高等裁判所判決参照)であるから、本件被告人に対する保釈許可条件中前掲第五項の「罪質の如何を問わず再犯を犯した時は本決定を取消す」との条項は右法の趣旨に反するものであつて、よしや弁護人の求めによつて附されたものであつてもこれを目して適法な保釈条件ということはできない。しからば、右条件に違反したことを理由として被告人の保釈を取り消して保証金を没取した原決定は不当というの外なく、抗告はこの点において理由があつて原決定は取り消しを免れない。

(中野 尾後貫 堀真)

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